宇野浩二(明治24年- 昭和36年)による童話『春の日の光』
「孝吉には父さんがない。孝吉の父さんは孝吉が生れた年に、亡くなつてしまつた。後には財産といふ程のものが少しもなかつたので、孝吉の母さんは小さい孝吉を胸にかゝへて、その時からこの暗い、小さな裏長屋に引越して來たのであつた。それは人がやつと二人ならんで歩けるか、歩けないくらゐの狭い路地の中で、それに片側はいづれもあばら家ながらニ階建になつてゐたが、孝吉の家の方の側は不家建になつてゐて、おまけに裏手には見上げるやうな高い煉瓦造りの工場が立ってゐた。だから、朝の日の光は、向側の家に遮られて射して來ず、午後の日の光は裏手の工場のために少しも當らなかった。それに床の高さが一尺もないので、家の中は始終じめじめしてゐて、年中日の光といふものを見ることが出來なかつた。その中で孝吉の母さんは他家の針仕事をしたり、」ーー
著者:宇野浩二
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:ー
販売開始日:2024/9
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著者について
宇野浩二
明治24年(1891) -昭和36年(1961)
福岡県生まれ。本名、格次郎。早稲田大学中退。大正2(1913)年、小説集『清二郎 夢見る子』を処女出版。大正8(1919)年、「文章世界」に『蔵の中』を、「解放」に『苦の世界』を発表し、文壇的地位を確立。『子を貸し屋』『枯木のある風景』『思ひ川』『揺籃の唄の思ひ出』等、小説、随筆、童話、評論等、私小説風の作風を中心に多数を執筆した。