
泉鏡花(明治6年 – 昭和14年)による短編小説
「あなた、冷えやしませんか。」お柳は暗夜の中に悄然と立つて、池に臨むで、其の肩を並べたのである。工學士は、井桁に組んだ材木の下なる端へ、窮屈に腰を懸けたが、口元に近々と吸つた卷煙草が燃えて、其の若々しい横顏と帽子の鍔廣な裏とを照らした。お柳は男の背に手をのせて、弱いものいひながら遠慮氣なく、「あら、しつとりしてるわ、夜露が酷いんだよ。直にそんなものに腰を掛けて、あなた冷いでせう。眞とに養生深い方が、其に御病氣擧句だといふし、惡いわねえ。」と言つて、そつと壓へるやうにして、「何ともありはしませんか、又ぶり返すと不可ませんわ、金さん。」其でも、ものをいはなかつた。「眞とに毒ですよ、冷えると惡いから立つていらつしやい、立つていらつしやいよ。其方が増ですよ。」といひかけて、あどけない聲で幽に笑つた。「ほゝゝゝ、遠い處を引張つて來て、草臥れたでせう。」ーー
著者:泉鏡花
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:
販売開始日:2025/
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著者について
泉鏡花
明治6年(1873) – 昭和14年(1939)
石川県金沢生まれ。本名、鏡太郎。