菊池寛(明治21年 – 昭和23年)による児童文学『納豆合戦』
「皆さん、あなた方は、納豆売の声を、聞いたことがありますか。朝寝坊をしないで、早くから眼をさましておられると、朝の六時か七時頃、冬ならば、まだお日様が出ていない薄暗い時分から、「なっと、なっとう!」と、あわれっぽい節を付けて、売りに来る声を聞くでしょう。もっとも、納豆売は、田舎には余りいないようですから、田舎に住んでいる方は、まだお聞きになったことがないかも知れませんが、東京の町々では毎朝納豆売が、一人や二人は、きっとやって来ます。私は、どちらかといえば、寝坊ですが、それでも、時々朝まだ暗いうちに、床の中で、眼をさましていると、「なっと、なっとう!」と、いうあわれっぽい女の納豆売の声を、よく聞きます。私は、「なっと、なっとう!」という声を聞く度に、私がまだ小学校へ行っていた頃に、納豆売のお婆さんに、いたずらをしたことを思い出すのです。」ーー
著者:太宰治
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:00:13:23
販売開始日:2024/8/22
初出:大正8年(1919)「赤い鳥」9月号
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著者について
菊池寛
明治21年(1888) – 昭和23年(1948)
香川県高松生まれ。本名、寛(ひろし)。 京都帝大卒業。在学中はイギリス近代戯曲を学ぶ。第三次、第四次「新思潮」に参加。大正5 (1916)年、『屋上の狂人』『父帰る』を発表。卒業後、時事新報へ入社。記者を勤めるかたわら、大正7(1918)年「中央公論」に『無名作家の日記』『忠直卿行状記』を、大正8(1919)年、『恩讐の彼方に』を発表。以後、執筆活動に専念し、翌年、大阪毎日新聞、東京毎日新聞に『真珠夫人』を連載。『藤十郎の恋』『半自叙伝』『貞操問答』『受難華』等を発表。大正12(1923)年、「頼まれて物を云うことに飽いた」とし『文藝春秋』を創刊。芥川龍之介賞、直木三十五賞、文藝家協会の設立等、多岐に活躍した。