セメント樽の中の手紙(26)

セメント樽の中の手紙

【日本近代文学名作選㉖】

葉山嘉樹

朗読 長尾奈奈

配信サイト

葉山嘉樹(明治27年 – 昭和20年)による短編小説

「松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。 彼は鼻の穴を気にしながら遂々十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。」ーー

著者:葉山嘉樹
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:00:09:52
販売開始日:2024/12/27

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著者について

葉山嘉樹

明治27年(1894) – 昭和20(1945)年

福岡県生まれ。本名、嘉重(よししげ)。 早大文科中退。下級船員や事務員、セメント工場、新聞記者などに勤めながら労働運動に参加し、投獄される。獄中で自身の体験をもとにした小説の執筆に励み、大正14(1925)年に出獄後、『文芸戦線』に『淫売婦』、翌年『セメント樽の中の手紙』を発表。『改造社』より『海に生くる人々』を発表し、プロレタリア文学作家としての地位を確立する。『牢獄の半日』『濁流』など。