谷崎潤一郎(明治19年 – 昭和40年)による短編小説
「其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。殿様や若旦那の長閑な顔が曇らぬように、御殿女中や華魁の笑いの種が盡きぬようにと、饒舌を売るお茶坊主だの幇間だのと云う職業が、立派に存在して行けた程、世間がのんびりして居た時分であった。女定九郎、女自雷也、女鳴神、―――当時の芝居でも草双紙でも、すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった。誰も彼も挙って美しからんと努めた揚句は、天稟の体へ絵の具を注ぎ込む迄になった。」――
著者:谷崎潤一郎
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:
販売開始日:2025/1
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著者について
谷崎潤一郎
明治19年(1886) – 昭和40年(1965)
東京日本橋生まれ。東大国文科中退。在学中に「新思潮」を創刊し、戯曲『誕生』、短編小説『刺青』等を発表。永井荷風に激賞され新進作家として文壇に登場。関東大震災を機に関西へ移住し、大正13(1924)年、『痴人の愛』を発表。昭和18(1943)年「中央公論」に『細雪』を連載、軍部から差し止めに遭いながら密かに執筆を続け、戦後に発表。耽美的な世界を描きながら『卍(まんじ)』『蓼喰ふ虫』『春琴抄』 『陰翳禮讚』『鍵』等、日本の古典美を描写した作品を次々と生み出した。