蜜柑(21)

蜜柑

【日本近代文学名作選㉑】

芥川龍之介

朗読 長尾奈奈

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芥川龍之介(明治25年 – 昭和2年)による短編小説
「或曇つた冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はゐなかつた。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍らしく見送りの人影さへ跡を絶つて、唯、檻をりに入れられた小犬が一匹、時々悲しさうに、吠え立ててゐた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかはしい景色だつた。私の頭の中には云ひやうのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のやうなどんよりした影を落してゐた。私は外套のポッケットへぢつと両手をつつこんだ儘、そこにはいつてゐる夕刊を出して見ようと云ふ元気さへ起らなかつた。が、やがて発車の笛が鳴つた。」ーー

著者:芥川龍之介
朗読:長尾奈奈
制作:声の書店
協力:株式会社 仕事
再生時間:ー
販売開始日:2024/9
初出:大正8年(1919)「新潮」5月

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著者について

芥川龍之介

明治25年(1892) – 昭和2年(1927)

東京生まれ。東京帝大英文科卒。在学中に雑誌「新思潮」(第三次)を刊行。短編『鼻』が夏目漱石に激賞され、翌年、初の短編集『羅生門』を出版。古今東西の歴史や古典より材をとり、『奉教人の死』『杜子春』『河童』『歯車』『或阿呆の一生』等、多数の作品を執筆した。